月イチあミュージアム

博物館に行こう。街を歩こう。

【毎日東博】20200822 名所江戸百景・京橋竹がし@10

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 「名所江戸百景」は、 江戸市中とその近郊を描いた広重の最晩年を飾るにふさわしい大作です(目録と2代広重の1図を加えて120枚)。広重はこの中で6図、月の景を描いていますが、秋の部の3図はすべて満月です。京橋竹河岸は、現在の中央区銀座1丁目付近です。

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【毎日東博】20200822 東都名所・佃島,歌川国芳筆@10

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 船頭さんの腕の筋肉に目を持って行かれる。

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【毎日東博】20200822 三代目大谷鬼次の江戸兵衛,東洲斎写楽筆@10

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 「恋女房染分手綱(こいにょうぼうそめわけたづな)」に取材。 市川男女蔵(いちかわおねぞう )が演じる奴一平(やっこいっぺい)の用金(ようきん)を奪おうと襲いかかる江戸兵衛を描いたものです。あごを突き出し下から睨見上げるような眼差しは、一平と体の構成が意識されています。両手の描写は不自然さが指摘されますが、殺気が生み出されています。

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【毎日東博】20200822 如意輪観音図,良全筆@3-3

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 良全は14世紀に京都・東福寺(とうふくじ)の周辺で活躍した画家。本作は重厚な雰囲気をもつ水墨仏画の名品として知られるもの。墨の濃淡(のうたん)を使い分けた空間描写や、着衣と宝冠に施された繊細(せんさい)な金泥(きんでい)文様が見どころです。画面右下には良全の落款(らっかん)が金泥で記されています。

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【毎日東博】20200822 禅と水墨画 鎌倉~室町@3-3

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3-3 禅と水墨画 鎌倉~室町

 鎌倉時代・13世紀、中国から来日した僧や中国に留学した僧により、禅宗(ぜんしゅう)が本格的に導入されました。禅宗とは、坐禅(ざぜん)や問答(もんどう)などの実践的な修行を重視する仏教の教派の一つです。またこれにあわせて、墨の濃淡や筆の勢いを駆使して対象を描いた水墨画(すいぼくが)や、墨跡(ぼくせき)と呼ばれる禅僧の書がもたらされ、日本でもこれを学び、制作されるようになります。

 水墨画は鮮やかな色彩をともなうそれまでの日本絵画とは大きく異なるものでしたが、禅宗の枠を越えて広まり、日本の絵画に欠かせない技法として定着していきます。また、禅僧による墨跡は弟子たちによって大切に守り伝えられ、茶席を飾る掛物(かけもの)としても珍重されるようになっていきます。
 この展示室では、鎌倉時代から室町時代、13世紀~16世紀にかけて描かれた、山水図・人物図・花鳥図などの水墨画や、個性豊かで気(きはく)魂に満ちた墨跡を紹介いたします。


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禅宗の導入と新たな文化の摂取

 中国で成立した禅宗が日本に本格的に伝わるのは、鎌倉の武士たちが中国の禅僧を招き、 純粋に中国式の禅宗寺院が鎌倉に創建される13世紀でした。

 その後、禅宗は、都の京都でも天皇家や貴族に支持され、14世紀には、現在も本山と呼ばれる中核寺院の多くが京都に創建されました。

 禅宗は、来日した中国人禅僧と、中国に留学した多数の日本人禅僧によって導入されましたが、それにともなって中国からもたらされる新しい文化が、水墨画(すいぼくが)、墨蹟(ぼくせき・禅僧の書)、喫茶(きっさ・茶を飲むこと)です。

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【毎日東博】20200822 宮廷の美術 古今和歌集断簡,伝 藤原行成筆@3-2

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秋を詠った詩歌切

 平安時代の貴族は、宮廷の行事や日々の生活の中で詩歌(しいか・漢詩や和歌)を詠んでいました。また詩歌を、装飾のある美しい紙に、書の巧みな人に写してもらって、贈り物にしていました。今回は、秋を詠った詩歌切(しいかぎれ)を紹介します。舶載(はくさい・中国製)の唐紙(からかみ)に和歌を散らし書きにした名品「寸松庵色紙(すんしょうあんしきし・あきの月)」など、秋の詩歌をお楽しみください。

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 もとは、色変(いろが)わりの染紙(そめがみ)に『古今和歌集』を書写し、上・下ニ帖の冊子本に仕立てた調度手本(ちょうどてほん)でした。 名古屋の関戸家に零本(れいほん・残欠本)が伝わったためこの名で呼ばれます。懐(ふところ)が広く、ゆったりした筆遣(ふでづか)いで、変化に富んだ連綿(れんめん)を織り交ぜています。

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ぬと おもふはやまの かけにさりてる

ひくらしの なくやまさとの ゆふ

くれは 風よりほかに とふ人もなし

はつかりによめる

もとかた

待人に不有ものから はつかりの 今朝

なくこゑの めつらしきかな

これさたのみこの いへの うたあわせ

のうた

とものり

秋風に はつかりのねそ きこゆ

なる たかたまつさを かけてき

つらむ

たいしらす よみひとしらす

わかゝとに いなおほせとりの なく

なへに けさふくかせに かりはき

にけり

いとはやも なきぬるかりか しらつ

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【毎日東博】20200822 宮廷の美術 平安~室町@3-2

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3-2 宮廷の美術 平安~室町

 平安時代の初めころ(9世紀前半)まで、 日本は中国をはじめとする外来文化の影響を強く受けていました。
 しかし平安時代の半ば(10世紀ころ)以降、日本的な美意識に基づく 「和様(わよう)」の文化が成熟していきます。
 こうした美術を担っていたのが、宮廷貴族社会の人びとです。天皇や貴族たちの美的な営みが、以後の日本美術の根幹を形作りました。 鎌倉時代以降、政治の実権が武士に移っても、宮廷文化は衰えることなく、江戸時代まで連綿として受け継がれました。

 貴族たちによって記された美しい仮名(かな)や、きらびやかに装飾された料紙(りょうし)。
 日本独特の発展をとげた絵巻や、日本の風景・風物を描く「やまと絵」。
 意匠を凝らし、貴族の調度として用いられた様々な工芸品。
 ここでは、こうした宮廷ゆかりの美術をご覧いただきます。

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【毎日東博】20200822 准胝観音像@3-1

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准胝観音像

 准胝観音は、真言密教で、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天の六つの世界での苦を救う六観音の一つとして信仰されました。
 この作品は、准胝観音像の柔らかな色彩や精緻な截金文様にみる平安時代的要素と、四天王像の力強い描写にみる鎌倉寺代的要素が共存した優品です。

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【毎日東博】20200822 仏教の美術 平安~室町@3-1

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3-1 仏教の美術 平安~室町

 飛鳥時代の豪族たちを担い手とした仏教文化は、奈良時代になると天皇を中心とする国家主導のもと、全国に広がります。
 平安時代になると個人的信仰が宮廷貴族の間にも広がり、豊かな財力に支えられた高度な技術と高い美意識による繊細優美な造形を生み出します。
 平安時代前期では、唐の影響を強く受けていますが、しだいにその影響を脱して日本的美意識が生まれていきます。
 さらに武家政権が成立した鎌倉時代になると、優美さや華やかさよりも現実味や平明さ、躍動感のある造形が好まれるようになっていきました。

 日本の仏教は、時代が進むにつれて日本古来の神道との融合をすすめ、民間信仰なども取り入れて多様な展開をしていきます。ここでは8世紀の終わりから16世紀終わりにかけての、日本における仏教文化の大きな変化の中で誕生した 絵画、書、彫刻、工芸の作品をご紹介します。

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【毎日東博】20200822 華厳宗祖師絵伝 元暁絵 巻下@2

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華厳宗祖師絵伝(けごんしゅうそしえでん) 元暁絵(がんぎょうえ) 巻下(まきげ)

 新羅(しらぎ)国の華厳宗の祖·元暁(617~685)の事績を描いた高僧伝絵巻です。
 988年、北宋(ほくそう)で編まれた『宋高僧伝(そうこうそうでん)』という高僧の伝記集をもとにストーリーが構成されています。物語のクライマックスは、元晩が龍宮(りゅうぐう)からもたらされた金剛三味経(こんごうさんまいきょう)を講識し、その徳により王妃の病を癒やしたというくだりです。今回展示しているのがその場面にあたります。

 一見素朴味を感じさせるおおらかな表現ですが、墨線は自在で、画面の構成も正確です。薄墨(うすずみ)を用いた軽やかな筆線、透明感のある明るい色調なども、この絵巻の魅力を支えています。また、画面に「~するところ」といった、場面説期や話し手のセリフの書き込み(画中詞(がちゅうし))によってストーリーを展開させていくのも、この絵巻の大きな特徴と言えるでしょう。

 元暁と並ぶ新羅華厳宗の祖·義湘(ぎしょう625~702)の事績を描いた義湘絵とともに、京都・高山寺に伝わりました。鎌倉時代前期に高山寺を再興させた華厳宗の僧侶、明恵(みょうえ)上人の周辺で制作されたと考えられています。


 あれ,この作品,展示の絵がないぞ。
 そう,この作品は撮影禁止。そのため,当ブログでは紹介できず。

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