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[Life]その5 入院

 入院した日,母親はベッドの上で人目をはばからず大きな声で泣いていた。
「兄貴に怒られる。」と言いながら。

 自分の病気を隠し続けたが,隠し通せるものではない。
 私も何年か前から,おかしいとは思っていた。
「病院へ行ったら?」
 と軽い気持ちで言ってみたこともある。

 しかし,そのときの母親の顔は,阿修羅(決して興福寺の阿修羅ではない)のような顔をして,私をにらみつけた。これは,私が言ってもダメだな。ただでさえ,自分がNoと思ったことは"てこ"でも動かない人間,私の一言では動かない。

 病院へかつぎ込まれ,最初,下された診断は「あと2,3ヶ月」。
 正直,この時点で私は覚悟を決めた。
 一方の父親は,弱気になり涙を流していた。

 ところが,運がいいのか,最初の薬がすこぶる効いた。副作用も,全くと言っていいほどなく,数日後には,(体は)元気になった。口の悪さ,気の強さはほとんど変わらず。
 入院してから一週間後,我が家の虎の子の諸々が入ったバッグを持ってこさせ,
「これが年金手帳。これが生命保険の証書。実印はこれ。金融機関の印鑑はこれ。この通帳には年金が振り込まれ,公共料金の引き落としはこれ。」
 次から次へと私に引き継ぎさせる。メモを取るだけで精一杯の私。この手の引き継ぎを入院早々に行ったというのは母親は腹をくくったのだろう。

 入院中,母親はベッドに寝ているのも暇だから,私にラジオを持ってこさせた。病室に備え付けのテレビはほとんど見ず,ラジオを聞いていた。
 昼間は,病院の廊下を歩きながら体力をつけていたようだ。わざとちょっと離れた公衆電話まで歩き,そこから自分の兄弟姉妹へ「私は元気だよう~」と電話をかけていた。
 その電話代がかさむが,運のいいことに母親はテレフォンカードを集めるのが趣味だった。昔集めたテレフォンカードを使って,あちこちへと電話した。

 約3ヶ月ほど経った頃。経過が良好だというので退院することになった。
 退院が決まった母親は,私に向かってこんなことを言ったのだった。

「何か食べたいものはないかい?作ってあげるよ。」

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