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[Life]その7 最後の入院,病院での最期

 今年(2010年)9月,母親は最後の入院をした。
 "最後の"と冠をつけたのは,母親本人も「次に入院するときは,もう死ぬときだ」と覚悟を決めていたからだ。

 この"最後の"入院の前,6月に母親は入院をしている。
 微熱が続き,本来の病気以外の感染症の疑いがあったからだ。
 そのとき,母親は意識もはっきりし,自力での歩行もできた。会話も支障なし。ただ,熱だけが高かっただけだった。しかし,医者が「念のため入院しましょう」と言ったとき,母親は滅入ってしまった。
 「もう家には帰れないかもしれない。」
 そういうと,母親は落ち込んでいた。
 ところが,感染症防止のための"念のための入院"と分かった瞬間から,元気を取り戻し,
「短期の入院なんだから,あれこれ荷物を持ってくるな。」とか,
「暇だから携帯ラジオを持ってこい」だとか,退院の日何ぞは
「病院のお風呂に入ってから帰る」という始末。ホント現金な母親である。

 最後の入院の時,こんな余裕は母親にはなかった。食事もまともに取れず,意識ももうろうとしていた。
 普段は,薬を飲む時間帯や回数もしっかり管理していたが,それもままならなかった。

 入院した日,まだ何とか意識があったとき,振り絞る声で「実家に連絡して」と言った。
 おそらく,自分の命がいつまでか,実感したのだろう。
 それから,私が仕事帰りに病院に行っても,母親は眠っていた。ときおり,「う~ん,う~ん」とうなることはあっても,意識がはっきりとすることはほとんどなかった。

 9月15日,見舞いに行くと,いつものように眠っていた。時折,目が開いたようにも見えたが,またまぶたは閉じられた。それが何度か続くと,目が開き,私の顔を見つめた。はっと驚いたような表情になり,「○○~?」と私の名前を呼んだ,ように聞こえた。うんと私がうなずくと,また,母親はまぶたを閉じ,うつらうつらと眠ってしまった。

 翌日,病院に行くと,母親がうんうんうなっている。声にならない声,かと思ったが,よぉく聞くと「生きたい,生きたい」とも聞こえる。
 母親の母親,私の祖母が亡くなる直前,「むなしいねぇ」と言っていた,ということを,ふと思い出した。

 9月19日(日),13時過ぎに病院から電話があった。急変したので来て欲しい。
 取り急ぎ,病院へ向かったが,到着したとき,すでに,母親は亡くなっていた。
 急変してから亡くなるまで,時間があまりなかった,と看護師は言っていた。電話をもらってから,数分で亡くなったのだから,そうなのだな。

 土気色の顔。
 半開きの目。
 何だか,母が一回りも二回りも小さく見えた。

 葬儀から先は,もうバタバタ。手慣れない葬儀や相続などの仕切りをするのが非常に面倒だった。 

 さて,母親の話はこれくらいにして,次からは,平常営業に戻りましょうか。

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