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【Big Wed】時津風部屋,一人の力士が亡くなった。その背景は。

 一週間の気になるスポーツニュースをピックアップ,【Big Wednesday】。
 今週も,先週に引き続き,相撲の話題を。
 今,注目を集めている,時津風部屋の17歳力士,時太山(ときたいざん=本名斉藤俊さん)がなくなった件について,お届けしよう。

 現在,亡くなった頃からのニュースを拾い読みしているが,気になることがある。
 いくつか,拾い読みをしながら検証してみよう。

 大相撲名古屋場所を迎える愛知県の犬山市で、時津風部屋の序ノ口力士、斉藤俊)さん(17)=時太山=がけいこ中に急死した。新潟市内の実家に戻った遺体は、家族も正視できないほどひどい状態だったという。激しい稽古で鍛え上げるのが角界の常識とはいえ、根性焼きの跡も。何度も部屋からの“脱走”を図った斉藤さんに何が起きたのか。愛知県警では事件と事故の両面から慎重に捜査を進めている。

 「顔面は赤く腫れ、身体中にはアザとすり傷。耳は裂けていた。さらに太腿にはたばこを押しつけたやけどの痕が3カ所あった」。斉藤さんの叔父(44)はこう語った。
 新潟県の自宅に戻った遺体の惨状は正視に耐えられないものだった。「今は何も考えられない。頭がパニックになっている…」と憔悴(しょうすい)しきった声で話した父親(50)は血圧が200まで上昇し、寝込んでしまった。
 「お兄ちゃん子だった小学3年の妹は、遺体のあまりの惨状を目の当たりにし、全身を痙攣させ、半狂乱で『お兄ちゃーん』と叫んだ」(叔父同)。遺族は弔問に訪れた友人らにも、「とても見せられない」と、遺体と対面を断った。

 斉藤さんがけいこ中に倒れ、犬山市内の病院に搬送されたのは26日。午前中のぶつかりけいこ中に突然意識を失い、搬送先の病院で死亡が確認された。死因は「虚血性心疾患(急性心不全)」。愛知県警によると、全身に皮下出血やすり傷があり、肋骨(ろっこつ)の軟骨部分に骨折した跡があった。

 28日行われた新潟大病院での行政解剖は、「多発性外傷によるショック死が考えられる」との所見だった。
 「これまで体に異常は一切なかった。新弟子検査もパスしてるんだから心臓の疾患はとても考えられない」(叔父)

 斉藤さんは地元県立高校を2年で中退し、4月から時津風部屋に入門したばかりだった。叔父は「格闘技に興味を持っていた。同郷の知り合いがいた時津風部屋への入門を薦めた。ヤンチャな子だったから精神修行のつもりもあった」と話す。

 だが、修行の辛さに斉藤さんは6月に入り、3度脱走していた。
 5日前、千葉の親戚(しんせき)から金を借りて戻ってきた。「やるにしてもやめるにしてもちゃんと会って話さなければいけないと送り出した。今考えると、無理に行かせなければよかった」(叔父)。

 高校ではテニス部に所属。斉藤さんを知る学校関係者(49)は「体格がよく元気な子だった。これから活躍すると思っていたのに…」と語った。

 27日午後、自宅に時津風親方が事情説明に訪れた際、傷のひとつひとつについて遺族が「これもけいこでつくんですか」と説明を求めると、親方は「はい」と答えるのみ。「根性焼」の痕をただすと、口ごもりながらも「…うちにはたばこを吸う人間はいない」とだけ答えたという。

 行政解剖の結果に納得したという親族だが、「法的手段に訴えるようなことはない」としながらも、「今後は警察に任せます。今は捜査上の問題があるから何も言えない…。それで察してほしい」と語るのみだった。
 愛知県警犬山署は「死因から事件、事故の両面で捜査中」として、時津風部屋の力士らから事情を聴いている。
(iza,06/29 16:33)

 このニュースが,亡くなった頃のニュースのうち,私の把握できる中で一番詳しい。
・地元県立高校を中退しての角界入り。
・高校ではテニス部所属。
・格闘技に興味を持っていたので,時津風部屋を薦めたのは叔父。
・事故の5日前,千葉の親せきから金を借りて戻ってきた。
・「ちゃんと会って話さなければいけないと送り出した。」と父。
 このあたりが私は気になった。

 その後,報道は静かになった。しかし,9月26日,にわかに報道が過熱した。どうも,週刊誌あたりがスクープしたらしい。

 愛知県犬山市で今年6月、大相撲時津風部屋の序ノ口力士、斉藤俊(たかし)さん(当時17歳)=時太山(ときたいざん)、新潟県出身=がけいこ中に急死した問題で、愛知県警捜査1課と犬山署は、師匠の時津風親方(57)=本名・山本順一、元小結双津竜=を傷害の疑いで、兄弟子数人を傷害致死容疑で立件する方針を固めた。時津風親方は県警の調べに対し、斉藤さんが死亡する前日に斉藤さんを「ビール瓶で殴った」と供述しており、兄弟子も集団暴行したことを認めているという。 9月26日10時39分配信 毎日新聞

 状況は一変して,事故から事件への性格が強くなる。

 しかし8月6日、時津風親方は斉藤家を訪れ、一転して正人さんら遺族に自分や弟子の暴行を認めたという。  亡くなる前日の6月25日夜、酒席で親方自身がビール瓶で斉藤さんの額を殴ったこと。その後、弟子3、4人がけいこ場の調理室裏で、斉藤さんに殴るけるの集団リンチを加えたこと。親方はそれらを警察に話したと遺族に報告したが「死亡はあくまでけいこ中だった」と釈明したという。正人さんは「親方はリンチを知っていたようで、あきれて言葉を失った。最初は全く認めていなかったのに」と悔しさをにじませた。 9月26日11時52分配信 毎日新聞

 亡くなる前日,酒席で,おそらくは人前で殴ったのであろう。これにより,彼に対する暴行が,部屋内では公認となったのではないか。

 斉藤さんは今春、時津風部屋に入門したばかりで、名古屋場所の番付に「序ノ口」で名前が載っていた。ただ何度か部屋を抜け出し、新潟の自宅に帰るなどしていた。時津風親方は入門当初から斉藤さんの素行に問題があったことに加えて部屋から抜け出したことに腹を立て、前日の25日夜、食事中に「ビール瓶で額を殴った」という。そして兄弟子らに「かわいがってやれ」などと指示し、4人ほどで暴行させたもよう。さらに死亡当日の稽古でも、斉藤さん1人を狙った執ような稽古が行われ、倒れると殴る蹴るの暴行を加えた。その際に兄弟子の1人が金属バットを持ち出して殴った。時津風親方も兄弟子も事実を認めているという。 9月27日7時1分配信 スポーツニッポン

 この記事,気になることがある。
・何度か部屋を抜け出し,新潟の自宅に帰るなどした。
 前述の記事では格闘技に興味があるとあったが,実は,格闘技は好きかもしれないが,彼は相撲は好きではない(相撲は嫌い),だったのではないか。
 そして,父親がマスコミに対し,記者会見を行う。事件が公になり大きく取り扱われることになった。そのため,父親が記者会見するのはマスコミにとっては好都合だ。しかし,当初,

 斉藤さんの遺族は28日「行政解剖の結果に納得した。これ以上話を大きくしたくない」などとするコメントを発表した。 (四国新聞,2007/06/28 22:06)

 と言っているのに,なぜ,この時期にマスコミに出るのか?

 大相撲時津風部屋の力士斉藤俊さん=当時(17)=がけいこ中に急死した問題で、新潟市に住む父正人さん(50)は27日、東京都千代田区内で記者会見し、「もうちょっと頑張ってみろよと、わたしのエゴで言ってしまった。逃げろと言えばこんなことにならなかった」と息子の死を悔やみ、涙した。  正人さんは、時津風親方=元小結双津竜=とのやりとりについて「記憶が飛んでいる」などと沈痛な面持ちで繰り返した。「(記憶を)自分で封じ込めてしまったところもある。思い出したくないというのが大体の部分」と吐露した。  「僕、いい子にするから迎えに来て」。亡くなる前に正人さんが俊さんとやりとりした電話の最後の言葉だった。「信じてあげられなかった。それが一番悔しい」と涙目でハンカチを顔に当てた。「辞めたい」という俊さんに「じゃあ、もう一場所だけやってこいよ」と正人さんは答えた。「『やられている』と一言あれば。それがなかった」と無念さを口にした。  9月27日19時2分配信 時事通信

 興味深いコメントがある。
・「もうちょっと頑張ってみろよと、わたしのエゴで言ってしまった。」
 エゴとは?何に対してか?
・「僕、いい子にするから迎えに来て」。俊さん,電話の最後の言葉だった。
・「辞めたい」という俊さんに「じゃあ、もう一場所だけやってこいよ」と正人さんは答えた。
 17歳の男子が「いい子にするから」という台詞を言う。まるで幼稚園児のような台詞(少なくとも私にはそう感じる台詞だ。)。それに対し,父親は「もう一場所だけ」と彼の希望をはねつける。何度となく自宅へ帰った息子。それを追い返してまで時津風部屋に入れなければならないのはなぜか。

 この後,ニュースは文部科学省の指導などがあり,焦点がぼやけてくる。そんな中,興味深い記事が。

 翌26日の朝稽古後、親方の指示で兄弟子4、5人が斉藤さんとぶつかり稽古を始めた。1時間以上続けた後、戻ってきた時津風親方は、ぐったりした斉藤さんを見て「後はオレ1人でみるから、おまえらは風呂に入れ」と兄弟子らを遠ざけた。約20分間2人きりだったが、介抱するなど救護措置は行われなかった。  その後、親方に呼びつけられた兄弟子らが意識がない斉藤さんを発見。あざが浮き出て体全体が土気色だったという。水や湯がかけられたものの意識は戻らず、弟子たちは「救急車、救急車」と騒ぎ始めた。親方はすぐに呼ぼうとせず、同日午後0時50分頃にようやく119番通報。 9月30日7時4分配信 スポーツニッポン

 6月26日,約20分間,彼と時津風は二人きりだった。その時何があったのか?
 そして,このようなニュースも。

 大相撲時津風部屋の序ノ口力士、時太山(当時17=本名・斉藤俊さん)が急死した問題で、05年秋まで同部屋にいた元力士が9月30日、同部屋のあしき体質を「告発」した。この元力士(20)は兄弟子による度重なる暴力に耐え切れず、「このままでは死んでしまう」と計3度部屋を脱走。引退が決まると、時津風親方(57=元小結双津竜)から着物代、食料費などの名目で約100万円の返還請求があったことも明らかにした。 (中略) 元力士 04年春場所後、2度目の脱走をして部屋に戻った時でした。左右の拳で何発も殴られて口の中から出血しました。親方は酒癖が悪く、時太山のようにビール瓶で殴られた兄弟子もいます。  05年秋場所後、3度目の脱走をして大分県の実家に戻った。連れ戻しに失敗し、引き留めを断念した時津風親方は、実家に約100万円の支払い請求書を送りつけてきたという。元力士側は支払いを拒んだ。  元力士 着物代、食費などを返せという内容です。親方は、協会から力士養成費とかをもらっているのに。でも先代までのルールを変えて医療費を力士の負担にさせた人です。金銭の執着から、おれのことも引き留めたかったのでしょう。  日本相撲協会から部屋には、1人の力士につき年間計186万円が支払われている。部屋から逃げ出した時太山を無理に引き戻し、悲劇が起こったのもこういう背景があると思われる。 10月1日9時46分配信 日刊スポーツ

 この記事を読んで,私が考えていたことと,このニュースが問題にするであろうことに隔たりがあるように感じた。
 このニュースを書いた裏には,「部屋の力士が増えれば,その分,協会から補助金が増え,部屋が潤う。このことが問題だ。」という意見があるのだろう。

 しかし,私の意見は違う。この事件の裏には,もっと別の,もっと陰湿なものがあるのではないだろうか。それは……,と書きたいが,いかんせん,根拠のない私の妄想に近い意見。下手に,ここで書くわけにはいかない。したがって,この場で書くことを控えるが,今までの報道の論調と全く異なる方向性に向かうことは十分考えられる。それは,決して,時津風が悪人から善人に変わるような報道の変更ではない。

 今回,数多く取り上げたニュースから読み取ってもらえれば幸いだ。

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