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『社会学のエッセンス (有斐閣アルマ)』を読む 第1回

 まずは,第1部 行為の分析から。
 ここでは,自己と他者の二者間系を探ることを念頭に置いている。なぜなら,二者間の関係性が社会学の出発点と考えているからだ。

 第1章 意味と相互主観性

言葉」の出現により,人間は
・コミュニケーションがスムーズに進むようになった。
・言葉の持つ意味により多様な解釈をするようになった。
 →人により"異なる理解"をするようになった。
 (例:「情けは人のためならず。」)

"異なる理解"とは,個人的なものなのか?
→他社との関係性の中で発生していく。
→意味の対立が,社会紛争へ発展していくこともある。
……"異なる理解"の解明が対立を解くカギになる。

物事を見ていく中で,固定化した見方,固定観念が生じる。
=「ステレオタイプ化した見方」
=物事を解くヒントにも障害にもなる。

人間は事物を理解する際,
・客観的な認知
・主観的な意味付け
 の両方を含んだ見方をする。

「意味付けは,言葉や発言内容,行為,集団,社会の全てに関係してくる」
=「意味とは,事物・事象が何であるかを確認する際に作用」
 ↓
「この意味に基づいて慣習が成立し,行為役割として定型化されてい」く。
=「日常生活における慣習的行為もしくは役割行為ともいわれる。」

※え?役割って何?================================
「人に与えられたカテゴリーもしくは行為の特性」
 ↓
「生活のほとんどは,慣習的行為もしくは役割行為からなっており,このことが集団や社会の安定性を生み出している。」
==================================================
(閑話休題)

「人間の行為や社会的世界の根幹には意味が存在する。」
→意味には,「明確さ」=客観的な認知,「新たな解釈による多義性」がある。
「意味が複数の人間により共有されており,私と他者のとの間に個人をこえた共通のものが生じる」
=「相互主観性
 「意味と相互主観性は,」
・「社会や文化を解読する出発点」
・「私と他者が共感し,共振しあう世界を作り出す武器」
 である。

●私的コメント
・章内のそれぞれの文章(項内の文章)は,まとまっているが,項毎の関係性が疎いように感じる。いきなり,項の最初に「これまで述べてきたように意味は,(以下略)」と書かれても"意味"とは○○である,と言う説明無いまま論じられては読む方が躊躇してしまう。
 読者が社会学の初心者であることをよく考えて欲しいものだ。

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